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首都移転

 8月28日、九州北部に発生した豪雨に被災された皆様ならびにご関係の皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。かつて当社工場があった佐賀県伊万里市や、隣接する武雄市の映像を目のあたりにして、ただ言葉を失っています。今なお不安の絶えない皆様の安全と、一日も早い復興を祈念するばかりです。

 さて、この甚大な被害をもたらした大雨の報の少し前、もうひとつのふるさとインドネシアの大きな決断が報道されました。2024年の着手をめどに、ジャカルタの首都機能を移転するとジョコ・ウィドド大統領が正式に発表したのです。2億6000万人におよぶ人口は増加の一途で、首都ジャカルタと周辺地域には3000万人もの人が暮らしているとのことですが、交通渋滞のみならずあらゆる社会インフラが限界を超えており、国家の経済と政治の中心を思い切って引き離そうというものです。

 そして今回明らかになった移転先は、カリマンタン(ボルネオ)島の東部。かつて合板工場が数多く存在していた州都サマリンダとバリクパパンの間に、国有地が18万ヘクタールあるとのこと。また立地的に、1万3000あまりの島にまたがるインドネシアの国土の真ん中あたりに位置するとのことですが、現在の首都ジャカルタからは、飛行機で2時間も離れた場所です。

 20世紀の終わりに、日本でも遷都論が巻き起こったことがありました。いくつかの候補地が挙げられて真剣に検討されていた記憶がありますが、石原慎太郎氏が大反対を掲げて東京都知事に当選したことで、話は立ち消えになりました。東日本大震災が発生したのは、その10年以上あと。政治も経済も東京に一極集中の現在、災害列島日本は大きなリスクを抱え込んだまま21世紀に突入し、すでに20年が経過しています。

 インドネシアに話を戻すと、開発の進む数十年前、1970年代のこの地はおそらく熱帯雨林でした。「スハルトの丘」と呼ばれる隣接の天然林は、択伐によって残された原生林の趣を残しているといいます。また、すみかを失ったオランウータンのリハビリセンターも近くにあり、まずは環境林業省などが移転することが計画されているようです。

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この地が選ばれたのをニュースで知って驚嘆の声が漏れてしまったのは、1990年代前半に、自分が何度も足を運んだことのある場所だったからです。実行にあたっては着手してからも、5年も10年もかかるのでしょうが、ジョコ大統領の勇気ある決断に敬服するとともに、アジアの大国の未来を楽しみにしたいと思います。

 ひるがえってわが日本は、人口増加が前提のアジアの急成長を横目に、アジアのリーダーを目指す覚悟を示すのか。それとも当世はやりの自国ファーストを追究するのか。大国同士の覇権争いの狭間で、半島事情の不安定さにも苛まれながら・・・。私たち日本人のアイデンティティはいったいどこへと向かうのでしょうか?